2019年05月02日

日本文化学の2回目の講義から

今までは縄文時代は生産性が停滞していたといわれていたが、現在は否定されている。

1、豊かな縄文時代

 海、山、川、野の生産資源の活用をしていた。

2、自然活用の技術

 縄文的自然観の形成
 (テキストP13)
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 呪術の支配・・アニミズム的→日本的アニミズム(神道)
 本学思想→山、木、岩もすべてが仏になる


弥生時代

稲作時代の到来

稲玉の王(いなだまのおう)→稲を実らせる力を持つ、王

大嘗祭とは皇位継承者が皇位継承後の最初の新嘗祭

天皇は天皇霊という力を受け継ぐ

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2019年04月29日

日本文化学の2回目、前回のコメントシートの回答から

先生は毎回コメントシートを配る。
それに疑問や感想を書いて出す。
私はスルー(笑)

で、前回のコメントシートから先生の話
一部抜粋

〇文化とは何か、政治と暴力と先生が話した。
人間は1人1人独立した存在→同時に1人では生きていけない→集団となると必ずぶっかる→政治(調整)して「関係」を作る→
それが文化→まったく同じ文化はない→共有できる文化しかない。

〇土器の発明は調理方法の革命だった。
それまでは焼くという調理方法、そこに煮るという手段が加わった。
なぜそのような発明が行われたか→気候が寒冷化→食料不足、その後気候は温暖化に向かう→海面上昇→内陸部まで奥深く海になる→
縄文時代終わるころに再び寒冷化(稲作の伝来が関係するという研究者がいる)

気候や海流の変化は時代により変わる

〇縄文土器の制作者は?
女性の役割(集団の中の特定の女性ではない)
縄文時代の交流は交易
石器の材料は長野県や群馬県、茨城県で撮れる石が出土している
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方から物が運ばれれてくるルートがあった。

東京都北区の遺跡は貝しかでない。
一般的な貝塚遺跡は貝の食べた植物や動物の骨や壊れた土器などが出土(ゴミ捨て場、人間の生活の痕跡)がある。
この帰宅の遺跡は貝だけなので、交易のための商品としての貝を製造していたと考えられる(干し貝とした)→地域的な交流があった。

〇なぜ日本人は桜が好きなのか
民俗学的にはサクラという語はサ=農業の霊、クラ=霊の宿るところと考える
全国的には田植え桜と言ってこの花が咲くと農業の準備を開始するという目印にした。
田植えの時期に咲く花は(桜)は稲を守る政令の宿る花として感じられたという。

稲を育てる力をサという→さおとめ
クラ→物を宿す、入れる。


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2019年04月28日

2019年春学期リカレント「日本文化学」第1回目

去年からずーとほったらかしにしていた。

ちゃんと後期もリカレントに登録して出席もしたし、
放送大学も面接授業を1つ取っていた。

さぁ、心を入れ替えてと思ったのよ(笑)

今年の春学期のリカレントは
「日本文化学」
テキストは家永三郎の「日本文化史」・・岩波新書

こういうテキストだと安くていいわ、それに小さいし軽いしね。

分厚くて数千円のテキストはご免だわ。

第1回目

先生と奥さんとの文化の違いから始まった(笑)

先生は関東育ち、奥さんは関西。

結婚してすぐの3月、おでんを奥さんが作ったという。
先生はちくわぶが大好き、それが入っていない。
それを言ったら、奥さんは何それという感じ。
関西にはないらしい。

あんな、小麦粉の塊ということらしいね。

そういう違いから入ってきてこの先生面白いかなと思ったわ。

まぁ、授業だからそれからちゃんと始まったけれどね。

文化とは何かという話。

そして、政治・暴力・・・本質的なことだと。
つまり、文化の本質は政治である、文化の本質は暴力であるということ。

例として、他国の文化になじめず心を病むことがある。

先生と奥さんのおでん文化の違いかな。
この場合は奥さんは心を病むことはなかったけれどね。

日本人の成り立ち。

(先生の話として、学校のチャペル建設の時に遺跡が出てきた)

旧石器時代の人の暮らした跡、1万年~1万5千年前くらい

(学校の有る宮原のあたりには遺跡が多い)

日本人は

バイカル湖→日本(東南アジア)九州経由で日本に来た。

当時はすでにヨーロッパにはネアンデルタール人がいた。

人類
アフリカ起源・・10万年前→6人のイブにたどり着く


西アジア、トルコ(中央アジア)→バイカル湖→日本
日本←中国←東南アジア
その間にスンダランド?というところ、人類の起源(アフリカ以外にもこことして2種類がある)→人類の拡散

土地、聞こうその他に合わせた発展のしかたで複雑化していく。
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西アジアーインドー東アジア

インドを真ん中として西アジアの方は砂漠・一神教・(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)・・否定的(人間は罪な存在である、来世に救いがある)
インドを真ん中として(東アジアの方は森林・多神教(日本など)・・肯定的(現世を肯定している)


縄文文化
青森・・三内丸山遺跡、二千年くらい続いた(堆積から)。あわ、栗が出ている。
栗林?のような栗畑のようなものがあったのではないか、栗のDNAは同じ。
つまり、山にあるクリだと同じDNAは出ない。畑だから林だから同じのが出る。

縄文時代って結構長く続いたのね。
豊かさも感じられるわ(*^^)v

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2018年06月23日

6月22日(金)グローバル化時代の倫理B

6月22日(金)

グローバル化時代の倫理B


今日もアリストテレスを離れて。


先生からこの問題をどうとらえるかという内容。


事例として


85歳の老夫婦。

おじいさんは体が少し悪い。おばあさんは認知症と脳腫瘍


子供は娘と息子

姉は共働き夫婦(子供・・「つまり孫にあたる」は私立大学生と公立中学校生)


弟は妻は専業主婦(子供・・「つまり孫にあたる」は公立高校生で私立大学進学希望と公立中学校生)


脳腫瘍の薬としてオプシーボという新薬があるが、全額慈悲になる。

効能は2割くらいの人にしか効かない。

それも1か月で聞くのか1年後かはわからない。

効く人には劇的に効く。


医者はの腫瘍の手術は年齢(85歳)なのでしない方がよい。


問題は、おじいさんがこの新薬の治療にとても乗り気。

3500万円はしはらいができるが、それは貯金を取り崩しと自宅売却をすることによる。

当然その後の祖父母の生活費及び住居はない。

また、子供世代にも負担をかけるとともに、孫世代の進路にも影響を与えかねない。


これに対して、治療をすべきか否か?その理由は?


治療をする。

お金がかかるとしてもお母さんだったら支えることが自分の幸せになる(留学生の人の意見)

可能性があるならやったほうがいい。


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治療をしない

年齢が高齢(85歳)

薬が効くかどうか不確実

患者本人にの体への負担

残った人の人生にお金をかける

二人だけの問題ではない、子供世代への影響

支援のメリットがない→トリアージ(命の優先順位)



この新薬オポジーボについては国も保険適用を考えたことがある。

対象は5万人→1兆7500億円かかる/年

現在の医療費は40兆円、薬が10兆円



★国家的犯罪についての公的謝罪

するべき

被害者とその不正と影響にきちんと向き合い和解し金銭補償による具体化。


しない

過去の憎しみの再燃と被害者意識の定着。

謝罪は象徴化ではないのか→実際に関わったものがしなくてもよいのか。



道徳的人道主義

それぞれの他人は自らの意思で引き受けた責務のみを負うという考え。

両親、祖父母、同胞の罪を背負うことはできない。

そうする必要もないという考え。


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6月19日(火) グローバル化時代の倫理B

6月19日(火)
グローバル化時代の倫理B

今日はアリストテレスとは別の話

過去、合法とされた奴隷制度について(終了したのが1863年/64年)

現在のアメリカ政府は謝罪すべきか否か?
なぜそう考えるのか?

アメリカは1794年に独立宣言をした→すべての人の平等(白人の男性のみ、黒人、アジア人、奴隷は含まず)

キング牧師1963年→アイハブアドリーム→1964年に公民権法成立→法的に差別は無くなった。

謝罪すべき
不正を行いぜんざいにも影響がある。
過去の政府が謝罪をしていないのなら現在の政府が謝罪をすべき。
一つの組織として政府の謝罪によりあるメッセージが発せられる。
過去の政府と現在の政府との連続性があるので謝罪は必要。


謝罪すべきではない。
過去の政府の問題である。
現在の政府は現在のアメリカ政府の問題(人種差別等)に対応すべき→もう怒らないようにするべき。
政府が悪いというより制度を利用した個人が悪い。
改善の努力の方が重要。
過去の政府のことを現在の政府が謝罪は出来ない。
理念などの教育が必要


(私の考え、謝罪すべきではない。過去の時代背景などがある、奴隷制度は有効であった。過去の問題を謝罪するならば、この奴隷制度150年前までなく、どのくらい前までさかのぼることができるのか、そしてどのくらいの過去まで謝罪の対象になるのか、また、アメリカの奴隷制度だけでなく、各国でも色々な問題がある、それはどうなるのか、個人的人道的には謝罪をあってもいいのかとは思うが政府としてはどうなのか、また謝罪のやり方により解決よりかえってもめることとなる可能性もある)


そしてまたアリストテレスになりました(+o+)


アリストテレス

各人に対して各人にふさわしいものを分配すること
正しいこと、差別的であることにおいて真の平等を目指す。

前回の例として、靴1足と家一軒の交換は同じ1対1ではあるがイコールとはならない。

アリストテレス
政治の目的とは?
「善き市民を育てること」→善き人格を持つ者として。
ある価値観を押し付けることになるのではないかという懸念。
個人の自由を奪うことになるのではないか?
現在の政治の一般的な理想は故人の選択の自由→幅をできるだけ大きくすること。
「善き市民」を育てるということは
共通善について考える
実践的判断を身に付ける。
自治参加。
コミュニティ全体を考える。




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